和船の会
日曜日の午前10時、江東区を南北に流れる横十間川の船着き場から、親子連れを乗せた木造和船「ゆりかもめ」が、輝く水面を静かに滑り出した。20分ほどで戻って来る。
船は長さ約8.5bb、幅約1.6b。川沿いの遊歩道を歩く人に抜かれてしまうほど、ゆっくりとしたスピードで進んでいく。
横十間川を走る和船は全部で5艘。所有しているのは江東区だが、船の維持や運行管理は、区民有志を中心に結成された「和船友の会」が行っている。「コツをつかめば、それほど力はいらないんですよ」。半纏に足袋姿で櫓を握る、同会の河合末二さん(66)は話す。小学生でも十分、操船可能という。現在、会員は約40人で、ほとんどはかって和船に乗った経験を持つ。河合末二さんも、その一人。「東京の川で、再び櫓を握れるなんて、思いもよりませんでした」と感慨深げだ。
同会の結成は1995年5月。その2年前、木場親水公園内にある川に、かって区内の川や東京湾で使われていた実物の和船を、江東区がモニュメントとして浮かべたことがきっかけだった。
投網で漁をすることを目的に作られた「網船」、米、味噌、醤油などを運んだ「荷足船(にたりぶね)」、渡し船として活躍した「伝馬船」。
江戸時代、隅田川を行き来した船を文化財として、後世に伝えようというのが目的だった。すると、「せっかく船があるのだから、実際に走らせてみたらどうか」といった提案が区役所内で持ち上がり、1993年5月、船頭を呼んで、横十間川で乗船体験が行われた。区の広報紙で漕ぎ手を募集したところ、元漁師や元築地市場の関係者ら、60歳代中心の40数人が手を挙げた。1995年3月21日、希望者が横十間川に集まり、試運転が行われた。
「早く漕いでみたくて仕方なくて。みんな、子供のような目をしていましたよ」。たくさん集まったため、実際に操船できたのは、一人当たり、僅か五分足らず。櫓の懐かしい感触を忘れられない参加者たちは、2ヶ月後、会を作った。
川合さんは、福井県小浜市出身。小浜湾に面した実家で古物商を営んでいた父は、釣をするため、約6bの伝馬船を持っていた。「今でいうレジャーボートみたいなもの。高校時代までは、休日にはほとんど、父の船を借りて海に出かけていました」。
高校を卒業後、上京して石鹸やちり紙の問屋に就職、その後は、医療機器輸入販売会社に勤めた。和船とは無縁の生活だったが、「30年ぶりに櫓を握ったときの感慨は忘れられない。体が覚えていてくれたことが、何よりうれしかった」と話す。「漕ぎ方を教えて欲しい」という要望も多く寄せられ、同会のメンバーが、近くに住むコンピューターソフト会社の社員や、近所の小学生に教えた。「竿は3年、櫓は3月、といってね。決して難しいものじゃない。変化の早い時代にこそ、おおらかなこの感じを、多くの人に伝えていきたいんです。