自転車ハイテク


日本(毎日続けられる運動)

 自転車は健康にもすこぶるいい。海外の研究によると、150`カロリーを消費するには、自転車だと30分間で約8qを走ればいい。水泳は20分、社交ダンスは30分、速歩では30分の運動と同じだ。
 東京大学医学部附属病院の能登洋医師(34)は、そんな効用に着目して、週に数回、20分間ほどの自転車通勤を実践している。
 糖尿病が専門。企業などの検診で血糖や中性脂肪値に異常が見つかる‘糖尿病予備軍’の半数以上は「明らかに運動不足が原因と思われる」と指摘する。これを減らすには、エアロビスクやジョギングなどの有酸素運動が適しているが、それを続けるにはかなりの根気が必要。「自転車なら毎日続けられるし、膝など関節への負担が少ない点でも理想的」という。
 最近の自転車は、消費カロリーを表示する機能が付いたものもある。健康の為に、自転車を使うことが楽しくなるだろう。

ロンドン(救急隊で大車輪の働き)

 ロンドンの救急隊に「救急自転車チーム」が2002年7月に組織され、大車輪の活躍を続けている。チームは元欧州自転車モトクロス・チャンピオンら‘俊足‘の6人。自転車は、救急薬品のほか心拍回復用の電気ショック器具も備えている。「多い日で12件以上出動する。市民からの信頼が嬉しいわ」とクレア・ダントンさん(33)。
 渋滞をものともせず、救急車との同時出動テストでは、現場に先に着いた割合が88%を記録している。


中国(マウンテンバイク人気)

 改革・開放政策で豊かになった中国の大都市で、マウンテンバイク愛好家の輪が広がっている。一般庶民の足として主役の座にあった自転車も最近自家用車など通勤手段の多様化で影が薄くなったが、「ゆとりある社会」の象徴として新たな脚光を浴びつつある。
 5年前に誕生した「北京航輪自転車倶楽部」。市中心部から郊外まで往復や約130qの行程を走破する活動には40〜60歳会員約50人が参加。責任者の張栄秦さん(47)は、「生活水準向上後、大切なのは健康作り」」と愛好者の裾の拡大を目指している


タイランド(買い物客運ぶ三輪車)

 タイでは大都市を一歩出ると、客を乗せて走る三輪自転車、サムローが今でも健在だ。首都バンコク郊外の商店街では20台ほどが客待ちの列を作り、両手に買い物袋を下げた主婦たちが次々と乗りこむ。料金は1q・まで10バーツ(約30円)。「毎日16時間働いて200〜300バーツ。もう年だけど、この仕事に満足しているよ」と運転手歴14年のパラポンさん(64)。主婦のロージャイさん(53)は「サムロー安くて便利で大助かり。ゆっくり走る分街の景色も楽しめる」と笑顔で話した。

オランダ(会話楽しめる7人乗り)
 
 アムステルダムの運河沿いを7人乗りの真っ赤な自転車で走る「どうなってるの?」「のせて!!」と道行く人々が話しかける。
 設計者は、この街に住んで8年になるアメリカ人のエリック・ストーラーさん(55)。UFO(未確認飛行物体)が好きで、芸術家として「動く球体」を造形してきた。上から見ると円形になる自転車を思いついたのは1991年。以来改良を重ね、7人乗り「会議自転車」を誕生させた。「一緒にペタルを踏むことで意思が通う」とストーラーさん。レンタルしており、結婚式などに利用されている。

 「ママチャリ」、「パパチャリ」という愛称で呼ばれる街乗り用の自転車もハイテクの塊になりつつある。

 「ママチャリ」も様変わりして、ワイズバイクアカデミーが「楽に走れる」ことを目的に組み立てた自転車で、これまでせいぜい3段変速だった変速機は、7段変速。電動アシスト(補助)自転車が人気の昨今だが、実はこうした動力付きの自転車は時速25km以上で動力が停止するので、逆にペタルが重くなる。それ以上の時速で走りたいという「お急ぎ」派にとっては、こっちが有利。
 安全面でも、きめ細かな技術革新が目立つ。その要ともいえるブレーキの一例が「ローラーブレーキ」。本体が密閉式となっており、通常のブレーキなら水のせいで利きが悪くなる雨の日も影響を受けにくい。ライトも、夜間走行では、タイヤの回転で発電する方式だとペタルが重くなるので点灯を怠りがちだが、最新式は、車軸部分で発電してペタルが殆ど重くならない「ハブダイナモ」を使っている。
 「ママチャリ」といえば、幼児を同乗させることが多いが、その幼児をより手厚く保護するため、自動車レースの最高峰であるF1マシン同様、両肩と腰を固定する4点式シ−トベルトをつけたチャイルドシートもある。走行中に子供が立ち上がるのを防ぐための抑え棒や、地面からの衝撃を吸収するバネも付くなど、至れり尽せりだ。

「ワイズバイクアカデミー」と自転車メーカー「シマノ」 (本社・大阪府堺市)の協力で最新技術を抜き出したのが、イタリヤ製の洒落た車体に、シマノが開発した自動変速装置「Di 2」を組み込んだ。センサーで速度を測りコンピューターが最適ギアを瞬時に判断、小型モーターで変速する。手動でも操作できる。変速の時の振動などはほとんどなく素早いため「だれでも変速機の効用を十分に味わえるはず」と担当者は胸を張る。
 「Di 2」が制御するのはギアだけでない。地面の段差や凸凹から受ける衝撃を吸収するサスペンション装置も制御する。低速ではふらつくことがないようサスペンションを硬めにする。高速では軟らかめにする。

常識を覆すような自転車も続々と登場している。ベンチャー企業「オーテック」(千葉市)が開発した(SDV)は、ギアが上下2枚並ぶ。これをチェーンでつなぎ、ペタルはチェーンに直接付けてある。従来の自転車はペタルが円軌道となる。理由は効率の向上だ。
 「上から下へと蹴る過程が長くなるため円形ペタルに比べてはるかに力を伝える際の損失が少ない」と社長はいう。産業技術総合研究所(茨城県つくば市)で試験したところ、従来型よりも最大1.8倍のパワーが出た。坂道も電動アシスト(補助)自転車並みに楽に上がれる。ちなみに名称の「SDV」は、歴史上の大発明家ダ・ヴィンチを超えるという気持を込めた「スーパー・ダ・ヴィンチ」の略。
 背もたれの付いたシ−トに座り、足を前に投げ出す方式もあり、日本でも愛好家が増えつつある。英語で横たわるという意味の「リカンベント」方式。ペタルを踏み込む時に背もたれの反動で力を加えるので効率がいい。空気抵抗も小さくなる。通常型に比べ消費エネルギーは半分、腰の負担は1/10とされる。
 実は、発明は19世紀末だが、あまりの速さに自転車競技の世界から締め出され普及していなかったが、自転車ブームで再浮上。販売を手がける経営者は「長時間乗るには最適と話す。
 車体もツール・ド・フランスなどのレースに出場する競技車になると、車重が勝敗に直結するだけに、カーボン(炭素)繊維やチタンなど、一昔前なら宇宙・軍事産業の素材がふんだんに使われている。
 最近はマグネシウム合金や気象金属のスカンジウムをアルミに混ぜた特殊合金も登場。総重量は約7kgと西瓜並みの超軽量車ある。自転車がこの世に登場して2世紀近く。飛躍的な進化の時期を迎えた。
電動アシスト車も凄いことになっている。その一つが、2000年のシドニー五輪で自転車競技の先導役を務めたヤマハの「ケイリンPAS」。モーターを2つ装着。しかも、市販車では一定速度になると自動的に切れる補助動力を同60qに調整してある。だから、体力が余りなくてもオリンピック選手より速く走れる。ただ、道交法の関係上、公道走行は無理。
 補助動力は電池から供給するが、これも進化。最近はニッケル水素電池に代わり、リチウムイオン電池が登場した。開発したナショナル自転車工業によると、電池の重量当たりの走行距離は以前の2倍という。サンヨーも昨年、下り坂などで発生するエネルギーを使って発電し充電する「自動充電自転車」を試作した。
 トヨタ系列の自転車メーカー「バイク・ラボ」(愛知県豊田市)は、前輪にモーターを付けた。後輪は普通の自転車と同じく人力で駆動し、前輪が電動の「2輪駆動方式」だ。「後輪だけの駆動に比べ、スタートでふらつかず、段差も越えやすい」(同社)と電動アシスト車市場への本格参入を狙っている。
 
都市内の5q以内の移動手段で最も速いのは自転車」と分析しており、それが実感できる。環境への影響を自分で測定するのは無理。自転車関連団体が公表しているデータによると、1qを移動するのに1kg当たりで必要なエネルギーは、自転車が0.15`カロリーなのに対して、自動車とジェット機はそれぞれ0.8、0.6`カロリーと、自転車の省エネ効果が飛び抜けている。排ガスは勿論ないし、地球温暖化防止にもいい。
 自転車は本当に環境や健康にいいのか。自転車の効用は、どれほどなのか。それを確認するため、東京都中野区にある記者の自宅から千代田区大手町の読売新聞東京本社までの約8qを自転車と他の交通手段を使ってラッシュアワーに通勤して比較して見た。
 日頃から運動していて脚に自信はなくはない。そのせいか所要時間は、自転車が30分で1位。続いてタクシーが30分ちょっとで地下鉄40分。タクシーが意外に早かったのは、ラッシュアワーながらこの日は何故か道がすいていたせいか。日頃の経験によると、タクシーでの所要時間は込み具合次第。当てにならない。車の列の脇を抜けやすい自転車は、やはり確実に速い。実際、国土交通省も各種交通調査の結果からも同様だ。
 
そんな自転車がもっと広がるようにと、国土交通省と東京都は、皇居を中心とする直径約5qの範囲内に延長34qの自転車道整備計画を進めている。歩道の一部や車道の端を自転車用レーンに指定する。完成は2009年頃の見込み、戦後一貫して自動車道路の整備に重点を置いてきた道路行政も、ほんの少しとはいえ変わりつつある。
 ただ、自動車が行き交う道路を自転車で走るのはなかなか怖い。かといって歩道では歩行者に迷惑をかけないようにしなくてはいけない。東京工業大学の中井検裕教授の研究室が全国の自転車愛好家約400人にアンケートしたところ、自転車通勤しない人の1/4が「道路が危険だから」と回答した。
 「自転車利用を進めるには、走行空間の確保が不可欠」と中井教授はいう。車道の一部を自転車専用にするなど、自動車の走行空間に制限を加える取り組みが必要と訴える。
 自転車の活用を研究する高崎経済大学の横島庄治教授は欧州に手本を求める。一例がオランダ。都市部では自動車の制限速度は時速30qで、自転車を追い抜いてはならない。自転車が優先だ。「こうした規制に加え、ノンストップ自動料金収受システム(ETC)を全車両に義務付け、都市部に入る車から通行料を徴収するなど、自動車の過剰利用を防ぐ対策も必要」
 「今日、ロンドンを走る車の平均速度は1世紀前の馬車と変わらない」。米国の環境研究者レスター・ブラウン博士が以前、そう指摘していた。日本でも、渋滞がもたらすガソリンと労働力、精神的な損失を金銭換算すると約12兆円という試算がある。発想の転換が必要かもしれない。